神浦 元彰/日本軍事情報センター報告

[概要]学校占領事件が起きたベスランの小・中学校で、女性校長のリディヤ・ツァリーエワさん(72歳)が入院先の病院で、東京新聞中島健二特派員の独占インタビューに答えた記事。それによると人質の人数は、事件直後に1270人だと確認していたと語った。しかしTVでは人質が350人と放送し、明らかにウソを報じていると思ったという。また初日は穏やかだった武装集団だが、2日目からは突然厳しくなり、人質は水も飲めず、トイレにも行けなくなった。子供たちの精神状態が極限になって騒ぐと、武装勢力は銃を撃ちならして黙らせた。3日目に大きな爆発音で戦闘が始まり、体育館のドアの下敷きになり、そこで気を失ったという。間もなく特殊部隊に救出され病院に運ばれた。

[コメント]この記事は昨日の朝刊に掲載された記事だが、私は夕方にWebサイトで読んだ。そして読み終わったときに、背筋が凍るような恐怖を感じた。なぜ武装勢力は1日目には人質がトイレに行くことも、水を飲むことも許していたのに、2日目から豹変してそれを禁じた理由がわかった様な気がしたからだ。

 その理由とは、武装勢力側がロシア当局と交渉を試みても、またメディアと話そうとしても、ロシア側が電話線を切るなどしたからだと思う。要するに、交渉を拒否したのは武装勢力ではなく、ロシア側だということに気が付いたからだ。報じられたように武装勢力側が水や食糧に睡眠薬が混入されている可能性があると断ったのではなく、ロシア当局が電話線を切断したので、そのような交渉が出来なかった可能性が高くなった。

 そこで武装勢力側は人質を苦しめることでロシア側に圧力を掛けたのではないか。トイレに行けないということは、狭い体育館の床は汚物で汚れることになる。子供たちが服を脱いだのは、服が汚物に着いたことと、狭い空間に押し込められて暑くなったからだと考えられる。

 私は武装勢力側が交渉を拒否し、水や食糧の搬入を拒否したのならば、それは最初から人質の殺戮とゲリラの自爆が目的と分析した。しかしロシア側が主導的に交渉を拒否して、武装勢力が抱える1270人の人質を極限状態にして、それで武装勢力を苦況に追い込む作戦だったら分析はまったく別のものになる。

 確かモスクワの劇場占領事件の時は、武装勢力側の要求でメディアが劇場内に入り、インタビューなどを行っていた。その間(4日間)に特殊部隊は劇場内の様子を探り、麻痺性のガスなどを準備して突入に備えた。しかし今回は学校に通じる電話線をすぐに切断し、武装勢力との交渉はもちろん、メディアとの通信も遮断したのではないか。それで武装勢力は2日目から急に態度が厳しくなったように考えられる。

 もしこの推測が事実となれば、プーチン大統領の強硬な対テロ姿勢は、国民の強い反発を招く可能性がある。強い大統領を演じるために、人質となった子供たちの安全を無視したことになるからだ。

 今の段階で考えれば、2日目に武装勢力側の態度が豹変し、人質には水や食糧も与えられず、トイレにも行けなくなったという理由がこれしかない気がする。このことは時間が経過すれば、助かった人質や、ロシア当局の内部証言で明らかになることでもある。これだけの人質が死ねば、ロシア政府が箝口令(かんこうれい)をひくことは難しい。

 今回の学校占領事件では、ロシア政府側があまりにも多くの情報操作を行ない、偽情報が大量に流されるという象徴的な事件となった。あと数日後には、新事実がわかり、この事件の持つ意味(本質)が劇的に変化する可能性がある。もう一度、ロシア政府側から流された情報と、現場の状況の見直しをする必要がありそうだ。